百合野の監査論 第14回 イギリス会計専門職の自立性と自律性
今日の講義の内容については『会計監査本質論』の第6章を読んでください。この章のベースになったタネ本はイングランド・ウエールズ勅許会計士協会の研究叢書の一冊として1990年に出版された Understanding Accounting in a Changing Environment です。今から30年も前の「イギリスの古い本」が研究の役に立つのか疑問に思う人も多いと思いますが、十二分に役に立つのです。
1990〜92年の2度目のイギリス留学で、私は、イギリスにおける会計士の社会的評価の高さに「感動」しました。数年前のアメリカでの聞取調査で、私は、依然として驚くほど多額のアメリカの会計士の収入に「感動」しました。(「アメリカ人」と書かずに「アメリカの」と書いたのは、日本人会計士も高額報酬をもらっているからです。日本円に換算すると、日本の上場企業の社長さんたちと並ぶ年収ですね。)アカデミー賞の投票結果を保管するのが大手監査事務所だということ以外、アメリカにおける会計士の社会的評価の高さについてはほとんど見聞きしませんが、収入が多いということは社会的評価が高いという証拠かもしれません。
このような私の経験から、公認会計士を目指す学生諸君に対して常日頃私が言ってきたことは「資格を取ったらできるだけ早い時点でイギリスかアメリカに派遣してもらいなさい」ということでした。日本から派遣される公認会計士がイギリスやアメリカの提携先監査事務所で任される仕事はクライアントの日本企業との間のリエゾン業務が多いと聞きますが、私が言いたかったのは、日本の監査法人に戻ることを考えないでイギリス人やアメリカ人の会計士が任されている仕事を覚えて現地の事務所で会計士業務をするということです。
イギリスでの会計士の社会的地位の高さを支えているのは、イギリスにおいてアカウンタビリティが非常に重要だと考えられているからだと気づいた私は、2年目のイギリス暮らしの途中にエッセー「黄昏ではなく曇天のイギリスから」を書いて、雑誌 『會計』に連載していただきました。このブログを最近読み始めた方のために、ワンクリックで読めるようにしましたので、下のタイトルをクリックしてみてください。ちなみに、「アカウンタビリティの重要性」についてと題した連続ブログはまだ完結していません。
さて、話をもとに戻しましょう。
イギリスの会計士はただ上場企業の財務諸表監査をするだけではなく、一国の経済の先行きにも関心を払って、自分たちの業務を点検していたことを私は驚愕の目で観察していたのです。この当時のイギリスにおいては、マーストリヒト条約の協定が1991年12月9日にまとまり、1992年2月7日の調印とその翌年の発効を控えて、対外的な「調和化」が重要なテーマとなっていました。(30年後の今になってそれを離脱することをこの時点で誰が予想できたでしょうか。)
イギリス固有の問題と関連付けて自分たちの将来を見通すために行なった活動の成果を振返るということは、イギリス固有の問題点についての検討であって、イギリス固有の問題点の解決には役立っても日本の問題点の解決には役立たないのではないかという疑念が生じるかもしれません。それでもなお1章を割く価値があると私が考えたのは、これまでの講義で話したように、わが国の公認会計士の発展プロセスにおいて、公認会計士は「法定監査という固有の排他的職域」に関連した問題には関与するものの、わが国の社会的経済的諸問題に関するもっと広い領域の問題に係りを持つことはなかったという印象が非常に強いからです。
イギリスの会計士たちは、会計士試験を自分たちで実施していますし、受験のための教育も自分たちでしています。日本の公認会計士は金融庁におんぶにだっこですね。自分のことは自分で責任を持ってするべきだと私は強く思っています。
さあ、講義はここまで、第6章を読んでみてください。
そして、余力があれば『監査の質に対する規制 監査プロフェッション VS 行政機関』(鳥羽至英他共著、国元書房、2021年)も読んでみてください。監査研究に人生をかけて来られた鳥羽至英氏の強い思いが伝わってきます。