寄席に行けなかったこの1年

この「余一会」では、自分の「好むもの」について書くことにしている。

2020年、心残りは一度も寄席に行けなかったこと。ライブ配信の落語があることは知っているが、正直言ってまったく物足りない。人生のうちの1年をライブ抜きで過ごすなんて、仕方なかったこととは言え、なんと勿体なかったことか。

iPhoneで映画を見る人がいることは知っている。しかし、映画館で見た映画で一度でも感動した人はiPhoneで映画を見ようとはしないだろう。同じように、寄席の落語と同じ満足感を2次元からは得られない。新型コロナウイルスを軽んじてはいけないのかもしれないが、あの程度の伝染病で生活の全てを犠牲にしなければならないのだろうか、とついつい思ってしまう。

去年の12月に上海に行った時、旧市街のあの賑わいが姿を消す状況を想像することはできなかった。1月になって武漢の市場の流行り風のニュースが流れた時の市場の風景があまりに異様で、ただ事ではないと感じた。2月の日本ではまだ他所ごとだった新型コロナが3月になって急に高リスク扱いされるようになり、最後のゼミ生の卒業式が消滅したあとは、別次元の1年だった。

来るべき来年は「三密」や「ソーシャルディスタンス」が死語となり、寄席に行けるようになることを願いつつ、今年のブログを終えたい。TVの画面では紅白歌合戦が流れているが、娘たちは玉置浩二のかっこよさをライブで見たいと言い、私はSuperflyの声をライブを聞きたいと思った。ライブはいい!(家内?富乃宝山を呑んだからか、こっくりこっくり)

来年が良い年でありますように!