後期高齢者の医療費窓口負担の怪

若い人たちに過度の負担をさせないために、75歳以上の後期高齢者にも医療費の窓口負担をさせようという政府提案が行われている。政府は課税所得のある年収170万円以上の人の窓口負担を現行の1割から2割に引き上げることを主張したが、公明党は240万円以上を主張した由。政府案では対象者数は約520万人で所得上位の38%が対象となるとのこと。監事室で読んだNHKニュースウエッブによれば、昨夜、菅総理大臣と公明党の山口代表が会談し、年収200万円以上を対象とすることで合意したとのこと。

NHKニュースウエッブは、「山口代表は、党の中央幹事会で、会談の冒頭、菅総理大臣から『年収200万円以上の人に負担を頂くことでお願いしたい』という決断が示され、私も了解した、と明らかにしました」と軽く書いているが、年収200万円の後期高齢者が日々どのような生活を送ることになるのか、ちゃんと考えた上で結論を出したのだろうか。若い人たちに過度の負担をさせないことも重要だけれど、そのことによって、医療費を負担できない後期高齢者が街中に溢れ、ホームレス化し、新型コロナウイルスとも相まって、寒空のもと後期高齢者の死骸があちらにもこちらにも転がっている、という凄まじい状況は想定されていないのだろうか。

記者会見で総理大臣も官房長官も当然のごとく「仮定の質問にはお答えしません」と返事をしているが、この「仮定の質問にはお答えしません」がここまで常態化してくると、「仮定も想定もしていないから、本当に答えられない」のではないかと思えてくる。いつだったか、確か「東方経済フォーラム」で、「平和条約のない異常な状態を終わらせようではありませんか」といつものように聴衆に同意の拍手を求めた安倍首相に対して、プーチン大統領は即座に「そうだ、今から二人で前提条件なしに話し合って、今年中に平和条約を締結しよう」と提案し、聴衆から拍手が巻き起こった場面を今でもはっきりと思い出すことができる。逆提案された安倍首相のポカンとした表情は世界中に配信されたことだろう。安倍首相は外交上手と言われていたが、北方領土問題に関して何も腹案を持っていなかったことは、俗にいう「鳩が豆鉄砲を食らった」ような薄笑いを浮かべた表情がはっきりと物語っていた。

民間企業が短期〜長期計画を立てるとき、それぞれ三つ程度のシナリオを書いて仮定した将来の方向性を議論する。国の舵取りは国民の命運がかかっているのだから、民間企業以上に綿密にシナリオを書いて計画を立てるのが当然だろう。起こりうる問題の解決策を練るために様々な仮定のもとに熟議するのが国会議員や霞が関の官僚の仕事のはず。ただただタブレットを読み続けるだけの総理大臣が「日本国民は幸せな生活を送っている」と本気で思っているとは、私にはとても思えない。

ずいぶん前のことだが、監査論の講義で大前研一氏の「見えない税金に怒れ」という『文藝春秋』への寄稿を授業中に配布して、日本国民が税金以外の様々な負担を強いられていることについて話をした時期があった。(これを書きながらCiNiiで検索をしたら、『文藝春秋』の1987年4月号に掲載)あの当時と比較して、今は税金も随分上がったが、見えない税金もさらに負担させられているというのが実感。後期高齢者の窓口負担は、現代版「楢山節考」にならなければいいが。