大文字の送り火

今年の大文字が「点」で点火されると聞いたのは、昨日、観世会館で「井上定期能」を見た帰りに緑庵に立ち寄ったときだった。その「点の炎」をKBSとNHK-BSの生中継が終わりかけたので、半沢直樹が始まるまでにブログを書き終えようと思い、書き始めた。

終戦前年に錦林小学校の児童たちが白い体操着で大の文字を書いたというNHKでの話は初耳だったが、ま、いろいろなことがあって、いろいろと工夫しながら年中行事として大文字の送り火が行われてきたことがよくわかった。それなら、疫病退散の本丸の祇園祭だって、中止してしまうのではなく何か工夫して行えたのではないだろうか、という気がした。何でもかんでも大事をとってやめておく、というのがいま取るべき筋道だなのだろうか。コロナ騒ぎが少しずつ大きくなって半年になるが、これまで自粛を要請したり旅行を推奨したりした根拠がどこにあるのか全く示されないまま、国や地方自治体の方針を受け入れてきた日本国民が、あの戦争を経てもちっとも変わっていないことを目の当たりにしている。本土決戦に備えて竹槍を準備しても勝てるはずがないのにどうしてそんなことをしたのだろうと不思議に思っていたが、あれから75年経って、接待を伴う夜のお店が危ないのか、PCR検査で陽性の人が無症状なら自宅にいても構わないのか、何らチェックされないのに「安全マーク」を掲示することがどうして許されるのか、などなど、科学的根拠が示されないまま得体の知れない新型コロナウイルスに立ち向かっている日本国民の姿が75年前の終戦間近の大日本帝国臣民の姿に重なる。

それはさておき、本当に久しぶりに観世会館で能狂言を観た。井上裕久さんの「淡路」は、前半のおじいさんの姿があまりに小さく、ちょっと皆今に井上さんも老けたなぁと思っていたら、後半、エネルギッシュな神様となり、改めてそのふくよかな幅のある美声とともに井上さんの実力を思い知った。吉浪壽晃さんの「采女」は、前半の入水した若い采女透き通る美声と、後半の僧に弔ってもらった嬉しさよりも、やはり帝に対する恨みと未練を感じさせるしっとりとした舞が見事だった。吉浪さんは、今回のチケットをくれた緑庵のオカダくんのお師匠さん。私がお能を好きなのは、一つには600年以上を隔てていながら不思議な出来事を体験できる空間に身を置くことができるから。行き交う言葉の大半は理解できないのだけれど、いろいろな発想を巡らせながら不思議な出来事を追体験できる。今回の不思議な体験の一つが、狂言の「舎弟」だった。茂山あきらさんが出てきて茂山千之丞譲りの例のよく通る声でセリフを言い始めたので、いやぁ若いなあ、と思っていたら、実はこの人が茂山あきらさんの長男で千之丞を襲名していたのだということに気づき、そう言えば黒柳徹子のような玉ねぎ頭の人が相変わらず茂山あきらさんだと再確認したときの驚き!あの茂山童司さんだったとは。鏡を見るまでもなく私は童司さんの初舞台を見たときの私ではなく、すっかり老人になっている、そのことを改めて思い知らされた。面白かった。

ダイアリー

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8月15日