書を嗜む人は書物を著すのも得意(なのか?)
前回の「余一会」で石川九楊さんについて書いた際には気がつかなかったのだが、その後、今日のタイトルと深く関わるある一つのことを思い出した。
この本は、私が『会計監査本質論』の出版に向かって精を出していた2016年の春、東京駅近くの監査法人での会議まで少し時間の余裕があったので八重洲ブックセンターの2階をぶらぶらしていたら、書棚のどこかから私をみているような気配を感じたので、その方向に近づいていったら、おどろおどろしい字体で『會計奸詐』と書かれた背表紙が目に入った。小さく「かいけいかんさ」とふりがなが打ってあり、「監査を知らない会計士に捧ぐ」という副題もついている。
装丁全体から挑戦的な雰囲気が噴出している本なのだが、「塚本弥生」という著者は聞いたことがないなぁと思いながら奥付を読むと、「塚本弥生(つかもと・みせい) 1989年、京都生まれ。神戸大学経済学部、早稲田大学大学院会計研究科修了。現在、大手監査法人にて会計監査に従事。」とある。
正直、驚いた。出版日が2015年8月31日なので、26歳にしてこの本を著したことになる。前書きに「本書は筆者が先日大学院において上呈した研究論文を執筆するにあたって纏めていた下書に加筆修正を行ったものである」とあるから、修士論文を執筆する傍ら全224頁の専門書を一冊出版したというわけ。これは驚くよね。
さらに驚いたのは、参考文献の幅の広さと奥行きの深さ。修士論文の講評に私もよく書いた常套句「関連文献を渉猟し」をまさに体現しているのだ。私の経験に照らすと、わずか2年足らずの修士論文の執筆期間中に「読んで理解して適切に引用する」にはあまりにも膨大な参考文献が並んでいる。人並外れたスピードで読んで書かないと、とても締切までに書き上げることができるとは思えない。不思議でならなかった。
その謎が解けたのは、『会計監査本質論』を出版し、それを彼に謹呈しようと思って監査法人を訪れてお目にかかり、親しく話をしたとき。ご父君が書家なのだ。カバーの「會計奸詐」という字はご父君の揮毫によるものの由。ネットで調べてみたら、ご父君のご父君は「愛石流名人」で、さらにご父君の伯父さんも「能書家で西脇呉石に師事」とあるので、書家の家系なのだ。塚本弥生氏は、おそらく子供の頃から字を書き本を読むことに慣れ親しんで大きくなったに違いない。何の苦もなく本を読めて文章を書けるのだろう。それも相当なスピードで。
で、今日のタイトル「書を嗜む人は書物を著すのも得意(なのか?)」の意味に続くことになる。塚本弥生氏の本と出会い、ご本人と話をしたことで、字を書くことの重要性に思い至ったのだ。「字を書く」ことによって「本を読む速度」が速くなり、「考える力が」増し、「文章で表現する力」がさらにパワーアップする、のだろうと思うのだ。また彼に会う機会があったら、この仮説についてもっと話してみたいと思っている。