社会と監査 第6回 経済社会を支える財務情報と監査の重要性 2

上の新聞記事は、今朝の日経新聞電子版に掲載された「東芝の不正会計が時効 刑事責任問えず、経営難にも影響」という見出しの記事の冒頭部分です。この記事を読んだ私は、正直言って腰を抜かんさんばかりにびっくりしました。詳しくは、私の書いた『会計監査本質論』(森山書店、2016年)の第1章を読んでほしいと思いますが、ここでは簡単にどうして「腰を抜かんさんばかりにびっくり」したのか、かいつまんで書いておきたいと思います。

普通であれば、定年退職を間近に控え、縁側で猫を膝に乗せて盆栽の剪定ばさみをちょきちょき動かしていても何ら不思議でない67歳になった私が、講義や会議の合間と帰宅してから就寝までの時間を「全て」これまでの研究の整理と追加的な読書・調査・検証等に費やしてまで一冊の研究書を出版しようと思い立ったのは、偏にこの「東芝の不正会計」についての日本経済新聞の報道にあったのです。

日本経済新聞は、会計学者がそれまで見たことも聞いたこともなかった「不適切会計」という特殊な用語を用いて東芝事件を報道しました。さらに、どうして「粉飾決算」ではないのかという説明も行いましたが、その説明は会計学者が初めて聞く「珍奇な」定義でした。東芝が設置した第三者委員会についての詳しい報道は一貫して「肯定的な」報道でした。「東芝事件なんて存在しないんですよ、不適切な処理だったかもしれないけれど、粉飾や不正じゃないんですよ。バイセル取引も、この業種では一般に認められた会計観光なんですよ。第一、現場での処理を、経営者は誰一人として知らなかったんですよ」と説得しようとする紙面からは怪しい匂いがぷんぷん臭っていました。

私は、東芝・米原子力発電子会社「ウェスチングハウス(WH)」・原発事業の関係からこの事件と経産省との深いつながりを感じました。そして、原子力発電が国策だからといって、粉飾決算を不適切会計と平気で言い換えることに不気味ささえ覚えました。同様に、私は、プライベートジェットで日本に到着したばかりのゴーン氏を逮捕する場面をマスコミに報道させた例の一件でも、日産とルノーの深い関係に割って入った経産省の存在に不気味さを覚えました。日産をフランスの企業にしないことが国策だからといって、そこまでやるかねぇ、と思ったものです。

というわけで、「社会と監査」の受講生の皆さんには、この記事と『会計監査本質論』の第1章を読み比べて、日本の資本主義がガラパゴスだと言われる所以について考えてみてほしいと思います。『会計監査本質論』は、この問題から議論を開始して、最終的には「社会と監査」で取り扱うテーマを展開しています。非常にしんどい思いをしながらでしたが、この本を書くことを通して私の研究者としての展開を振り返ることができたのは、東芝「不適切会計」事件のおかげかもしれません。

話は変わりますが、昨日のNHK大河ドラマ「青天を衝け」を見た諸君には、渋沢栄一と岩崎弥太郎の会話を思い返し、じっくり考えてみてほしいと思います。日本の資本主義の黎明期のドラマからは学ぶことがいっぱいあります。そうそう、ドラマや映画をバカにしてはいけません。私はアメリカのTVドラマ「Law & Order」シリーズから監査論に関連した重要なトピックをいっぱい知ることができましたし、映画『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか? 』を見てこの巨額粉飾事件の全貌を理解することができました。ついでに電力の自由化がいかにリスクの高い政策であるかも知りました。今年の冬は電力不足が囁かれていますが、今のうちに契約書を読み返しておいたほうがいい人がたくさんおられるのではないでしょうか。

さて、今日も、本論に入る前に色々喋って時間を使ってしまいました。読むべき文章がたくさんあるので、今から早速読んでください。