「秘書が嘘をついていた」の怪

23日の読売新聞が次のように報じて、再び桜が目を吹いたかに見えている。

【独自】安倍前首相の公設秘書ら、東京地検が任意聴取…「桜を見る会」前夜祭の会費補填巡り

読売新聞は、続く24日にさらに次のように報じた。

【独自】安倍氏側が5年間で800万円超を補填か…「桜」前夜祭、ホテル側が差額受領の領収書

その後、各紙が追いかけて報道しているが、何よりも、これまで官邸寄りの新聞だと見られていた読売新聞の「独自」つまりスクープだということに驚いた。かけ麻雀で定年延長できなかったから?菅首相が安倍前総理に反旗を翻した?検察が目覚めた?といった様々な憶測が飛び交っているが、それらについては私がコメントすべきことではないだろう。

何よりも私が驚いたのは、安倍首相側がこの期に及んで「秘書が安倍首相に虚偽の説明をしていたから安倍首相は国会であのような答弁をしたのであって、ご本人はこの件について何も知らなかった」などと説明していることである。日本人はいつからこのような言い訳を真に受ける国民だとバカにされるようになったのだろう?

民間企業の社長が「秘書が私に虚偽の説明をしていたから私は今まで結果的に虚偽となるご説明をしてきました」と説明して責任を免れることができるだろうか。ソフトローだったはずのコーポレートガバナンスコードが法律に組み入れられてがんじがらめにされている一方、政治家や官僚のガバナンスは口の端にも上らない。いつまで「無謬主義」がまかり通るのだろう。

今、GOTOトラベルや GOTOイートの混乱で生じた損害を「国が負担する」という方向性が当然の如く話されているが、どうして政策の失敗を我々の税金で尻拭いされなければならないのか。もしも民間企業の取締役が会社に損害を及ぼすような意思決定をした場合、取締役会で反対の態度を示さなかった取締役は連帯して損害賠償しなければならない。同様に、政策の失敗で発生した損害を補填すべきは税金ではなく、政策に反対しなかった閣僚の個人財産であろう。我々の税金を好きに使う権限を無制限に与えているのではないということを我々が自覚しない限り、「主権在民」の「民」の象形文字の意味が今もなお重くのしかかる現実を受け入れなければならないだろう。