TSMC誘致に関連して

TSMCとソニーグループが熊本県に新工場を共同で建設するというニュースを聞き、いくつか思うところがあるので、書いておこう。

1 最近、中国は頻繁に台湾の防空識別圏への侵入を繰り返しており、習近平国家主席も「台湾統一」を盛んに口にしている。そのため、「台湾有事」の懸念から「供給網の一部避難」という見方もあるようだが、私は、とくに台北の国立台湾博物館を参観して以来、台湾は中華人民共和国の一部ではない、と思うようになっており、「台湾統一」など論外だと思っている。

博物館に展示されていた原住民の写真その他を見ると、顔も体型も中国人ではない。刺青や顔つきからは、ポリネシア系の人々の印象であり、博物館を出るときには完全に「台湾は中国の一部ではない」と確信するに至った。もちろん、歴史的に台湾が中国大陸を支配した王朝の支配下にあったことやオランダや日本の植民地であったことは事実であるが、蒋介石が敗走して台湾に国民党政権を樹立したことは台湾に人々にとっては極めて迷惑なことだったろうと想像する。

同様のことは、函館の北方民族資料館を参観した際にも感じた。私に説明してくださった方は、こんな小さな船で太平洋の島々を行き来していたんですよ、とおっしゃったが、「国」よりもずっと前から「民族」が存在していたことを考えれば、台湾や環太平洋の島々の人々を、民族をベースにして一つの国にまとめ直すことも可能だろう。そう考えると、いくら台湾が目の前にあるからと言っても、統一する根拠の正当性は存在しないだろう。

「供給網の一部避難」よりも前に考えることは山ほどあるのではないか。

2 工場建設に5000億円支援する、との報道があるが、「供給網の一部避難」のための臨時的措置だという前に、反省すべき点がある。日本の企業が安い労働力を求めて海外生産にシフトし始めた頃、私は、日本の労働者はどこで働けばいいのだろう、と心配した。イギリスに住んでいると、毎朝のテレビのローカルニュースの第一は、その地域の「働き口」の増減に関するものだった。イギリスでは海外の企業が国内にイギリス人の働く場所を提供することを歓迎していたのである。

最近は耳にしなくなったが、「ウインブルドン現象」という言葉があった。テニスの国際大会が行われるイギリスのウィンブルドンでは、イギリス人よりも外国人のプレーヤーが活躍することが多いが、イギリスでは経済面でも同様の現象が起きていた。外国企業の輸出攻勢で地元の企業が淘汰されても、その国の市場開放が海外からの投資の誘致に成功すれば、その国の人々には働き口が提供されることになる。日本企業の進出は歓迎されていた。

しかし、日本は逆。企業の海外進出でその企業に利益が生まれても、日本人の雇用は減少した。その昔、工場のオートメーション化が進んだ際にも、多くの労働者の働く場所が失われた。ひと頃の日本の「一億総中流社会」は今や「一億総貧困社会」に姿を変えてしまっている。この日本の惨憺たる状況を改善させるためにはどのような手立てがあるだろう。

私は、利益を上げている企業の内部留保を原資としたベーシックインカムを導入することしかないのではないかと思っている。「親ガチャ」を嘆く若い人たちに「国ガチャ」の喜びを味わうチャンスを提供すればいいではないか。